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zoom RSS エッジまで行くとうこと

<<   作成日時 : 2009/09/20 10:58   >>

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MPSではよく演出家が、
「エッジまで行って!」とか「エッジまで行ってない。安全なところでやってる」
というような言い方をします。

即興の稽古をするときに、役者にとって安全なところでやっているようでは、
言葉遊び、お遊戯の域を出ていかない。

では、どうすれば「安全な」領域から飛び出して、あえて「危険!」に飛び込むことが出来るのでしょうか。

ここに、芝居の難しさがあるように思います。
この「安全」なところでの「お遊戯」は楽しいのです。
ちょっとした非日常。Play is Play 子供に戻って自由な気持ちでひと時をあそぶということ。
故に、一般の方向けの、あるいは役者にあこがれている人たち向けのワークショップは、受けるのでしょう・・・

先週の稽古で、私自身初めて、「エッジ」までというところの危うさを、
少し感じたように思います。
「演技」と「感情」は、関係ありません。
(全く持って関係がありません。感情を追いかけようとしている演技は最悪です。マスターベーションは一人っきりでやって欲しいものです。)
けれど、演じている俳優は生身の人間として、さまざまな刺激を受け取った結果出てくる自分自身の反応を、
すべて意識の上に乗せて、そこから相手に対して何を投げかけるのかを瞬時に選択し、今度は相手に影響を与える側になります。

日々の生活の中で、なんとなく退屈だったり、なんとなく楽しかったり、
30年ぶりに幼馴染と連絡が取れて、びっくりしてうれしかったり・・・
けれど、自分の行動が一気に変わってしまうような衝撃に出会うことはまれです。
しかし、この衝撃はいったいどこから生まれてくるのか。
普段は見ないように見ないように避けて避けてすごしている、自分の中の深い孤独であったり、
愛情に対するどうしようもない渇きであったり、
何かにぶち当たってくるものがあったとき、体がひとりでに動き出してくるのではないでしょうか。
役者として、ただそこにいてそこにあるもの、空気の動き、音、人の呼吸、人からのメッセージ・・・
に出来る限り身を任せるという作業の過程で、
どうしようもなく自分の中にある、人に対する憎悪の感覚とでも表現したくなるような衝動が出てきたとき、
パニックしそうな自分がいました。

でも、うちの演出家は、全く容赦がありません。
役者として、幸せなことだと思います。

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